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明治時代、日本の時間が変わった日
1872年(明治5年)11月9日、日本政府はそれまで使われていた旧暦(太陰太陽暦)をやめ、新しい太陽暦(グレゴリオ暦)を採用することを布告しました。これにより、明治6年1月1日が新暦1873年1月1日と定められ、日本の暦は一気に西洋式へと変わることになりました。この日が「太陽暦採用記念日」です。
旧暦から新暦へ──その背景
当時の日本は、明治維新を経て近代化を急いでいました。西洋との交易や外交を円滑に進めるためには、世界標準である太陽暦の採用が不可欠だったのです。旧暦は月の満ち欠けを基準にしていたため、季節とずれが生じやすく、農業や行事の時期を調整するのも大変でした。太陽暦の導入によって、日付と季節のずれがなくなり、現在のようなカレンダーが使われるようになりました。
混乱と戸惑いの中で
しかし、この変更は突然の布告であり、人々の生活に少なからず混乱をもたらしました。たとえば、明治5年12月3日がいきなり明治6年1月1日となり、年末年始の準備もままならないまま新年を迎えることになったのです。それでも次第に新しい暦が定着し、現代では当たり前となりました。
暦が変えた日本の暮らし
太陽暦の採用は、単に日付の数え方を変えただけでなく、日本人の生活リズムや文化にも大きな影響を与えました。学校の年度、会計年度、季節の行事、ビジネスの予定──すべてが新暦を基準に動くようになり、今に続く社会の基盤を作ったのです。
暦の改革は、まさに「時間の近代化」。11月9日は、日本が世界と同じ時間の流れを歩み始めた記念すべき日なのです。

